昭和四十九年十一月二十三日 月次祭
今朝の御理解に「神は平等におかげを授けるが、氏子の受け物が悪いとおかげが漏るぞ」という御理解でした。
神様はおかげは平等にくださる。えこひいきがない、平等です。けれどもめいめいの受け物かげんで、そのおかげが大ともなり中ともなり小ともなり又皆無ともなる訳である。ですから受け物をしっかりいたしませんといけない。
私は、それをいつも実感するのですけれども、例えば、朝の御理解を聞いて頂きますとその日、新たに参ってきた、又は特別のお願いで参ってきたといった様な方達がです、もう今朝の御理解を頂けばおかげになるといった様なピッタリとしたおかげを頂く事にいつも驚きます。ですからこれから私が皆さんに聞いて頂くお話もです。今日、今晩ここにお参りをし合わせておる人達が必ず頂けれる、おかげの頂けるお話を聞かせて頂けるのです。それを例えば、あー今日のお話をうちの嫁御にいっちょ聞かせたかったとか、今日のお話をうちのおやじに聞かせんならんところじゃったと、もう自分にゃ頂かずにその嫁御やらおやじにばっかり聞かせようごとあるといったような事ではおかげ頂かんのですよ。
そりゃ成るほど、今日のお話を自分がまず頂いて、今日のお話の有り難かった事を、または家に帰ってそれをおやじなり子供達に話せばいいのです。問題はまず自分自身が頂いて有り難いと思うたお話でなきゃ伝わらないです。
今朝の御理解に久しぶりで下関の中林さんのお話をさせて頂いた。生まれつき目がいわゆる盲目なんです。生まれつき丁度魚のうろこをはめたように目の玉が真っ白になっておる。だから現在の医学ではこれは手術をしてもダメだと。けれども慰めに、それではあんまり親がきついから、せいができて少しせいが出来たら、手術をしてみるといいですな位は、まあ言われるらしいけれども大体はダメらしい。
生まれつきに目が見えないと。それでも当時の椛目で盲が目があく、ちんばが立ち上がるという様な奇跡がその時分に続いておりました。丁度現在合楽で毎月奇跡がおこっているといった様な状態が二十数年前に椛目であっておった話を聞いて、この方は大変有名な御信者で本部の方の御用もなさる。息子さんはあちらの本部の青年会の委員長も務められた事もあるというほどしの熱心な信心家庭であります。
それが当時の椛目のことを聞かれてお参りをされるようになった。熱心に親子で参ってみえます。ところがやはり手術をしたならば見えだしゃせんかという思いがありますもんですから、ある時に人から進められ、又病院に行ったところが「そんなら一丁やってみますか」と言われるのがまだ三才位の時でした。【 】遅かったですからようやくはいはいが出来る位でした。
それで電話をかけて親先生はあんなに言われるけれども、こうして手術をして下さるという先生があり、まあ人に進められてするような風にお願いをいたしましたがという事であった。そんな時に丁度その前にもそういう事がありました時に行ったところが、病院が丁度お休みであったり、それから二度目にいよいよ行くという様になった時に、電話がかかってきた時に、たまたま久富先生が御結界奉仕をしておられた。
それで電話がかかってきたから「中林さんちょいと待ちなさい」と「今日は親先生がおられんけれども、親先生があれほど手術をせずにおかげ頂けと言われよるとじゃから手術しちゃいけません」と繰り返し言いよったけれども、もう向こうでは手術の準備もして頂いておるから、片一方だけして頂こうという事になったんです。
おかげで片一方がもうそのまんま見えんごとなった。それからひと月ばっかりいたしましたらね、お座敷で子供が手まりをポーンと向こうへころがしたげなが、手まりをころがした方へほうて行くそうですもん。「あらこの子は見てるとじゃろか」と又、こちらにころがすとまたそちらに行くそうです。それから、だんだん見えだす様になって丁度、もう小学校に行くころには学校で不自由しない位に見える様になりました。
その方の丁度、お礼の手紙が毎月お届けが来るのに丁度来ております時に、日田からやっぱりこのごろ日田の共励会に初めてお参りをした、あちらの信者さん方のもう本当に熱烈なお話を頂いて感動した。自分の息子が目の見えないために、別府の方のめくらさんだけの子供をあずかる学校へ入れておられる。
だからうちの子供もおかげ頂けん事はなかろう。そういう奇蹟的なおかげでも、どんどん頂けるならというので、二、三日前参って来た。親子連れでまいってきてここへ座ってから、丁度、座頭市と同じ様なこと、あの座頭さんがまーだ小学三年生ですか、九つですか、もう生まれながら色も知らなければ姿形も分からないのです。親としてはもう九年になるけれども何とかして助かるならば、目が見えるごとなるならばという切なる願いです。それで思い出して毎日今お参りをして来ております。
そういう話を今日私は「神は平等におかげを授ける」と仰せられる。あの人にやってこの人にはやらんという事はないけれども、受け物が悪いとおかげが漏るぞという一つの例話として、ひとつの話をさせて頂いたら今日たまたまです、北野の秋山さんのお導きでお参りをしてきておる方が、その同じお届けをするんです。
手術をした。ところがとうとう見えんようになってしもうた。それで「片一方の目をまた手術をするから、どうぞよろしくお願いします」と。そんなら又、見えんごとなるために、あんた手術するごとあるじゃないのと。今日の御理解はほんなこと、今日はもうあんたんげん話といっちょん変わらんごたる話と思いましたと言うんです。
だからそこで、腹を決めればいいんです。たまたま今日は目の手術をしようと思うて、両眼がもう見えん寸前にある。それで片一方だけは手術をしたけれども、片一方はとうとう見えんごとなった。今日のお話と同じこと。
そんならあと半分だけなっと見えるごとおかげ頂くために一つ、今日の御理解じゃないけれども一心を神様へ披歴してね。一心の真をもってすがったらどうかと、ま、今朝から申しましたようなことです。
というようにです、確かになら今日は、目の手術をしなければならん人が参って来ているということが分からんなりに、今日のそんな話がしてあるのです。というようにですね、朝の御理解にしたところで、ならこうやって皆さんに聞いて頂くお説教だってです、今日は私の聞いて下さるお話で、必ずおかげの頂けれる平等のおかげの受けられる話を頂いておるのですけれども、甲は頂く乙は頂かんといった様な事になるのは受け物が悪いからであります。
そこでね。今朝から頂きます様に、受け物を作るということ。私は思うのにせっかく頂くならばです、それこそ水も漏らさぬようなね、目の詰まった信心をさせてもろうて、目細うおかげを頂いていくと同時に、それが広う大きく深いおかげを頂きたい。それにはやはり大きいおかげを頂くためには、やはり大きな受け物が必要であり、そこでその大きな受け物を頂かせて頂くためにはということになるのでございます。
私は、いつもの事ですけれども、お風呂ならお風呂に入らせて頂きます。私の専用の石鹸があります。歯ブラシがあります。全部私が入る前に出してあります。もう石鹸を見ただけでも、扱うただけでも有り難さがわいてくる。
なぜかというとですね、もう前の晩からちゃんと有り難うならにゃん風にしとるからですよ。私は必ず石鹸を使わせて頂いたら、以前はタオルでふいてこうしよったけれども、タオルでふいただけやっぱりお粗末になる。だから又、ふり切っただけでしかも石鹸の箱に入れてもいけませんから、石鹸の箱にこうやって横にこうやって置くんです。石鹸の箱はだから私はふたをこう見て要らん、片一方だけあればいいです。
それが上にこうやって橋をかけるようにして置いておくんです。するとあくる朝頂く時にはそれこそあの石鹸が、もじょもじょするごとあるごときれいな感じで乾いているです。それがもう濡れたままですと下がドロドロなったりね、だから前の晩からいうなら石鹸一つにでも思いを込めてね。感謝の念をそこに添えてそしてお粗末にならんようにという手を使うて上に上げておる。
これはもう、一事が万事ですよ。タオルを使わせて頂くでも、湯桶を使わせて頂くでも私は目細い信心とは、そういうような事ではなかろうかと思う。今晩も私はそういう石鹸を使い、そういうタオルを使うて、そういう湯桶を使うてお風呂へ入らせて、ひたらせて頂いて「生神金光大神様有り難うございます」と、まぁこりゃ思わず心の底からわいてくる唱え言葉ですけれども、出てくるんです。
風呂の中でお礼申させて頂いておりましたら、あの時計のね、がこう回っておるところを頂くんです。あの秒読みにカチカチカチカチと動いておるのがある。分読みにね、さっと回っておるのがある。と親のは回っておるんですけれども、回っておるかないか分からないほどしにもうかすかに動いておる訳です。そして私がいまです、石鹸ひとつの上にも有り難い思いを思うて、有り難いと感謝の思い一杯でお風呂を使わせて頂いておる。そういう生き方こそがです、私は秒読みの信心だと思うですね。
もういつも絶えず、神様をここに身近に感じておる。おかげを頂きましても信心しておれば、信心を頂いておれば私の祈りの圏内にあれば、例え一ケ月、二ケ月、三ケ月参ってこなくってもやはりおかげは、特別のおかげがそこに働きがあっておるはずなんです。
ところがだんだんその辺のところが疎遠になって参りまして、目があろうなってきますとです。おかげは受けても大きい針が動いておる様なものじゃないでしょうか。ちょっと見とればもう動いておらん様に見えるのです。ですからおかげ頂いとるやら、頂いとらんやら分からんから有り難いという心も起きてこん。お参りしょうという心もなおさらわいてもこないということになる。
そしてそういう信心でも、やはり十年でも二十年でも続いておるとです。これはもう何とはなしにおかげだけは頂きますね。金光様の御信心頂いとれば、ね。それこそ十年も二十年もたってみて、はぁーおかげじゃったという事が分かる。という位にこうやって回る。そしてこれがまた十二時のところに行っとると又、もとのそこのところだけ見えてからいっちょんおかげ受けよらんごと見える。
ところが実際は、自分の心の受け物がです。先ほどの末永先生がお話をいたしてよく聞こえませんけれども、神様がお膳立てをして下さっておるという話をしておる様でした。一番最後のところだけは親先生がいつも言われる様にです。魂の喜び、心の感動、これなくして今合楽で言われておる示現活動は出来ないんだと、こころに喜びがいつも生き生きとしておる。
その生き生きした喜びが、もちろんいつもおかげをキャッチ、おかげをおかげと感ずるんです。いうならね、秒読みね、動いていっておる。そういうおかげが自分の身に、心に感じられるのです。だから有り難いのです。有り難いからまたおかげを頂くのです。
それが例えば、あの分位のところで感じられる人、時間位で感じる人、ひと回りしとったっちゃまーだ気が付かない人、ですからねおかげの受け物といういわば、水も漏らさぬおかげというのは、そういう様な事ではなかろうか。
私が、お風呂の中で感じ、これは風呂の中だけのことではありません。便所の中でも感ずる。ここに奉仕をしておればなおさら感ずる。そういう私は有り難さ、その生き生きとした喜びがです。私は、信心させて頂く者にのみ与えられる【 】だと思うのです。
お互いの信心はあまりにも目が粗すぎる。そしておかげがもれておる。ね。ですからおかげが頂けないものですからお願いしよるけれども、おかげは頂かんという様な神様にかえって不足を言うような事になるのじゃないのでしょうかね。
このころはもう朝はいつも八時に下がることになっておりますけれども、示現活動が始まって以来はもう、どんなに私がここでお届けをしまして、こっちの方から向こうの方へ送ります。向こうの方でお届けをしてもらう、どんなにしても八時半まではかかる。三十分間多いということは、こりゃもう大変な事なんです。
午後なんかでも今日あたりは、もうやんがて六時でしたが、四時半の御祈念が出来ない位ずーと、もう引きも切らずの参拝が、もうこのごろ、それだけ人が沢山助かって行っておる訳です。そういう中に田主丸のむつやの信司郎さんの妹さんがアヤカさんという、先日から京都の方でお花の展覧会というですか、それがありました。
それで浮羽地区から選ばれてあちらへお花を生けにまいりました。助手の方を一人伴うて、そしてお願いをして参りました。それが今日帰って参りました。私はさすがに子供の時からの信心だなあ、言う事だけはほんなこつ【 】のごと、あんたいうねと言ったことでしたけれども「親先生、今度はもう行きから帰って参りますまで神様がね、もう私につき通しについておって下さるという感じでした。その実感を特に強くいたしましたのは、あちらに私が生けるのは、つつじを生けることになっておりました。ところが急に変わって、つげの木を生けろということに変わった時にあーおかげ頂いた」と思ったそうです。あの人は黄楊会に黄楊会というのは元は、つげの会というのが本当なんです。つげの木というのは櫛になるです。
櫛はこの髪をとき流す木だと、木をつくる。もう信心をとき流すという様な意味合いでつげの会と、もうつげの会じゃどうもいけんから黄楊会という。黄楊とはもうつげと書いてある。黄楊会と呼ぶ黄楊会の一員であります。
熱心でもございませんけれどもです。もうその時にひらめく様に感じたのは、これはおかげ頂くと思うたそうです。自分がつげの会の会員である。その私が、つつじを生けるはずのが急変してつげを生けるという事になった。
三百名集まって三百名の者がお花を入れる中に、十人の中に選ばれて、賞状を今日は頂いて来たそうです。あんたの花がそげんまで上手とは思わんばってん、やっぱりおかげ、そりゃもう間違いなしにおかげ頂いておる事を実感いたしましたと言うて、ま、その後先の模様をお届けしておりました。
それよりももっと私、有り難いと思うた事は、それよりももっと神様の御神意だったと思う事は、帰りに大阪に寄った事であった。兄弟同様にしている、従兄弟ですけども今、熊谷さんの御長男が大阪におります。その嫁さんになっておるのが【 】という長女であります。恵美子さんです。だからアヤカさんとは、いとこ同志になります。
そちらに寄らせて頂いたところが、あの子供さんが腸閉塞、手術しなければならんというて騒動しよるところじゃった。それこそ渡りに船ちゃあこのことだろう、内の方は小さい子供が二人もおるし主人もおるからお願いするよと言うて子供【 】丁度私は、その恵美子さんが初めておかげを頂いてお礼の手紙が来ておるところに、アヤカさんがお礼に出て来ました。
ほんな今じゃったばい、恵美子さんがこげんいうてから、もうこんなに分厚くいろいろおかげのてん末をずーとしるして、もう本当にどんなに無信心者でも、おかげと言わにゃあおられんというほどしのおかげを頂きました。
そのてん末を書いて寄こしておるところへアヤカさんが帰ってきた。そしてこれは姉からことづかってきましたという、お供えやら何やらを持って参拝して来ました。この事はお花を入れに行くというよりもっと素晴らしい御用でした。というてもう本当に行きから帰りまで感動しづくめでした。
「だからアヤカさん、田主丸に帰っても大木でもそういう様に、あんたの話を聞いておると一つのリズムを感ずる。もうリズムに乗っていっておる幾日間というものを感じる。それが一心を例えば、秒読みとまではいかんでもね、せめて分が動いておる。一分二分とこうやって動いておるのが見える位、神様の働きがこれ位は見える位におかげ頂いたら、もうそれこそ有り難いおかげを受けられるとじゃがね」というてまあ話しました。
私は、合楽の信心はね。そこんとこが調子が出てこなければいけない様に思います。それにはまず、自分の心の調子を合わせることです。日に一辺はせめてお参りをさせて頂いて、いや月次祭にせめて一辺はお参りさせて頂いて、そしていうならばお広前の時計と、きちっと合わせておく位の気持ちだ。またその時にネジをかけておく位な気持ちなんだ。そして次の月次祭には遅れておるならまたね、進める。進んでおるなら遅らかすというようにね。
足並みをそろえた信心を、今、合楽でどういう様なことがあっておるか、言われておるか位なことは、分からせて頂くだけの信心を頂いていくならばです。おかげはもう、絶対にあっておるんですから、こうやって、それをおかげをおかげと時間のところばっかり見ておるとです、大きな短い針の方では分からん。気がつかない【 】ですけれども、だから、それには秒読みの針もあれば分をさしていく針もあるのですから、それをせめて見ていくだけの信心位は進めていきたい。でないと信心頂いておる値打ちがない。
今日、午後の奉仕させて頂いておりましたら、秋永先生のお導きであの示現活動が、あんなに言われる様になって間もなくのことでした。ほんの秋永先生今さっきまでござったが、電話がかかってきた。秋永先生からなんです。今もう福岡に帰って「あらあんたもう帰りなさったですか」と言うて電話を受けたら、実は昔椛目の時代に参つてきよった古川さんという人のお宅に、今日は、もう半年ぶりで参りました。
さあそしたところが、てんやわんやしよんなさるから、どういう事かと聞いたら、もう娘がもう死にかかっているという時であった。話を聞くとこりゃもう絶対【 】ほどしのことであった。「けれども私が丁度そういう時に、ここに半年ぶりに来合わせたという事はおかげばい」というて「はよ、親先生に電話かけなさい」というて電話をかけてきました。
電話をかけてお願いしますよというたら、一時間ばっかりしたらその御主人とお二人でまた、お参りにお願いにまいりました。それこそもう本当に、今日はその時に付き添うてきとったというおばさんも、一緒に参ってきておりました。そのおばさんは、ずーと付き添うておってその医者の話も聞いておるし、それを実際にまのあたりに見て、対応しておるから、とてもとてもそればってんが、これはまー普通じゃなかよというて、梅屋さんがいつもあげん言いござったけれども、こりゃもう本当に合楽の神様ちゃあ大した神様ばい。私もどうでも一辺お参りしたいお参りしたいと、小倉の方なのです。
丁度その時、小倉の富永さんから電話がかかってきた。いや今かかってきよったのが、富永さんちゅうて富永先生ちゅうてから記念病院に勤めておられる先生です。「はあー小倉からもお参りになるですか」と。私も今日は、お参りさせて頂いてというのがです、その何ですか、この前の小倉にタクシーに乗って帰りよつてから追突された。
そしてその足が立たんごとなった。だからこげんしてつんばっておるとです。ここで、【 】したらその時の事故で足がそげな風に座られんようになってしまったというのである。だからその事もお願いしたいし又、合楽というところは、どんなところだろうかというので、今日はその古川さんと、それこそ何ケ月ぶりでまいってきました。
今日ここの隣で泣きなさるけんどうしなさったかと思うた。【 】かとおもうた。ところがおかげで娘はもう勤めに出よります。何ケ月間放からかします、ね。それこそこれがこうやって迷う【 】全然見ようともしちゃない。
ところがです、そんな時に一緒にお願いに来た御夫婦、御主人がです、あの私の主人でございますがね、主人があと三ケ月しか命がもてんと医者から宣告されましたというのです。本人は知りません。だから今日泣きの涙であった。腸ガンというような、それで病院に入院させて頂いておりますが「先生どうかもう一辺助けて下さい」というのでした。
そりゃ助けてもらわにゃいけんね。どうでもおかげ頂かにゃいけないねと、ま、言うたことでしたけれども。信心の分からん者とはいいながらね。本当に例えば、難儀なら難儀ということがです、信心のきっかけにもなる。
そこから、その難儀を通して人間本当の幸せ。今日はあちらの【 】明石という所がありますね、あの近所からお参りになった方がある。今晩もお参りになっております。自動車で六時間かかる。え、十二時間?十二時間かかるそうです。それでお参りをして今晩のお月次祭を頂いて明日帰ると言っとられるですが、ま、お話を聞くと大変難儀な事なんです。大きな事業をなさっておられるけれども、事業不振という訳です。
私がお取次をさせて頂いておりましたら『幸せという字を反対にひっくり返して』頂く。そして幸せという字を書いてズーとこう引いてありますね。それをズゥーとその紙一杯に引いてあるところを頂く。幸せという字をこう引くでしょう、その引いてあるのがズーと紙一杯に引いてあるところを頂いて、これからは本当の幸せがどこどこまでも続く、いうならば、人間の幸せの道というのは、天地につながる道に入らなければ人間の幸福というものは有り得ないんだ。天地に通うところの道、そういう道をです、頂くためには今の事業、今の商売はもうひっくり返ったってかまわん、その腹なんです。そのどん腹なんです。
今朝の御理解がそうなんです。「神は平等におかげを授けるが氏子におかげの受け物が悪ければおがげがもるぞ」と神に願って、ということは「ままよ」という心を出せよと。「ままよとは死んでもままよのことぞ」というまあ大変きびしい御理解でした。
この商売がです、どうぞ繁盛、あそこにも未練、ここにも未練じゃなくてもうひっくりかえってもええ。神様にお願いしてからのことであるからと腹を決めて、ひっくりかえってもかまわん。ここから幸せの道というものがどこまでも限りなく続いていけれる。
幸せとはひっくりかえしても幸せだとこういうことね。幸せという字をひっくりかえしてもやっぱり幸せと読むでしょう。上から読んでも幸せ、下から読んでも幸せ。ね。その幸せがズーと紙一杯につながっておる。そういうお知らせをね。だんだん大きなおかげを受けるというか、お徳を受ける受け物というのは、いつどのような場合でも例えば驚かんで済む。いつどのような場合であってもお取次を頂いてのことであるからと、腹が決まるほどしのおかげの受け物を頂いたら、いよいよ力のある大きなしかも徳を受ける受け物ということになるでしょう。
今日は私はそこのところをです、例えば私が、お風呂の中で感ずるタオル一本の上にも、または石鹸ひとつの上にもです、有り難いものを感ずるというのは、もう前の晩使う以前から有り難くならせて頂けるような準備がもうしてあるということ。心が配ってあるという事。だから石鹸を取りあげた途端に感動がわいてくるという事。
私は秒読みの有り難さというか、もういつも身近に有り難いというものを、感じれる信心のけいこをおこたってはならないということ、ね。
石井アヤカさんが、京都にお花を入れに行つて、そしておかげを頂いてきた。そのてん末のことをですね。いわば一週間もおったでしょうか、その間に神様の付き通しに付いておってくださるものを感じて帰ってきたという、そういう思い方頂き方がです。田主丸に帰ってもできなければいけないなと言った様にです。身近に神様を頂く工夫をなさなければいけません。
大きいおかげを例えば、徳を受けるということ。力を受けるということ、お取次を頂いてのことであるから、それが一切がおかげ。甘木の初代がある元旦のごあいさつの時に、今までは私は不平を言わん修行をしてきたが、今年はいよいよ不平を不足を思わんで済む信心に取り組むよというお話をなさった。
私は、その話をもれ承わった時にです。ま、何という素晴らしいことじゃろうか。けれども普通の人間で、それが出来るだろうかと思うた。不足を言わんということは、ならグッと辛抱すればできんことはなかろうけれども、不足を思わないということは、とてもできまいと思うておったが、最近私は、それがよー分かってくる様になった。
不平を思わんで済むどころか、その事に対してお礼を言う心が出来るということなんです。それは私が、段々体験を積んで積んで積み上げて分からして頂いたことは、起きて来ることは一切の事が神様のお働きであり、いうならば神愛の現れである。
おかげを下さろう力を下さろうとする神様の働きであるという事が分かった時に、今まで不平不足を言わなければならない事柄の中にも、このようにして力を下さるんだということですから、お礼をいうより他にはないことになってきた。
なるほど不平を思わんで済むどころか、お礼が言えれる心の状態もまた信心を進めていけば頂けるということを、私は最近実感しております。ね。だから不平不足を、もう不平不足位おかげを向こうに押し返すことはありません。
腹を立てる位におかげがもうここからもることはありません。せっかく出来かかったおかげの受け物がもろくもくずれる様なことであってはならんと、その事に対してお礼が言える様なところまでお互いの信心を進めてまいりましたら、いよいよ本当の信心生活、いうなら有り難い、勿体ない、それこそリズムに乗った日々。もう何とも言えん、それこそ極楽の世界というか、そういう世界に住まわせて頂いて、この喜びをです、誰にも聞いてもらおう、どこにも伝えさせてもらおうというところから、いよいよ示現活動が出来るものだと思います。